ブルーアイランド戦略【第1回】ボロ儲けにはコツがあった! 創業編:コンサルの逆を行け
日経ビジネスオンライン「市場の独り占め方~ガポガポ儲かる『ブルーアイランド戦略』」
正直に言う。私は今、市場を独占している。
そう言うと多くの読者は驚くかもしれない。だが、何てことはない、自分で市場を創ってしまえばいいだけのことだ。
それでもまだ、大変な難業に聞こえるだろうか。ならばこう考えてみてほしい。他人がやっていない小さな事業を見つけて、こっそり始めるのだ。そして一気にノウハウを確立してしまえば、大手企業といえども、簡単には手を出してこない。しかも、市場が小さければ、「まあ、あの分野は面倒だからやめておこう」となる。
そして、小さいながらも市場の独占が続く。これほど、おいしい事業はないと思う。なにせ、競合相手がいないのだから。
私はそれを「ブルーアイランド戦略」と名付けることにした。
これは、いわゆる「ブルーオーシャン戦略」と似ているように聞こえるが、まったく違う経営戦略だと思ってもらっていい。そもそもブルーオーシャンは、競争の激しい市場「レッドオーシャン(血で血を洗う競争の激しい事業領域)」から逃げるように、競争のない未開の大市場(=ブルーオーシャン)を切り開こうという主旨だ。任天堂のWiiなどが成功例として取り上げられる。高度になっていくゲーム機の世界から離れ、女性や高齢者といった、それまでのゲームの顧客層ではなかった人たちに向けて、直感で操作できるゲーム機を投入した。しかも、フィットネスやスポーツなど、ゲームの対象テーマまで変えてしまった。そして爆発的なヒットとなった。
しかし、ブルーオーシャンには難点がある。まず、成功する確率が低いこと。そして、さらに問題なのは、もし成功を収めたとしても、あまりにも巨大な市場を切り開くがために、多くのライバル企業が乗り込んでくることだ。実は、ガポガポ儲かる期間が非常に短い。
Wiiもそうだった。「そんな市場があったのか」と気付いたライバルたちは、ゲーム機に簡単に操作できる「モーションセンサー」といった機能を搭載するようになる。再び、強烈な利益の奪い合いが始まった。そしてブルーの大海は、あっという間に血に染まった。
そこで考えてほしい。広大な海で勝負しようとするから、いつまでたってもライバルが嗅ぎつけて寄ってくるのだ。それよりも、小さくても誰もいない「無人島」を探して、陸に上がるのだ。すると、ライバルもさすがに陸に上がるのは面倒だと考える。しかも、すでに島には住み慣れた先住者がいれば、這い上がってもすぐに叩きのめされてしまう。
「まあ、こんなちっぽけな島はいいか」
そうしてライバルも近づかない状態ができると、もう寝ていても儲かってしまう。これがブルーアイランド戦略の概要だ。
これは、私が夢物語として語っているわけではない。現実のストーリーとして、これから私のビジネス記を交えて解説していきたい。
まず最初に記しておきたいことは、この記事に興味を持たれた多くの経営者、企業人の方は、これまでの「経営の常識」と思っていたことを一度、すっぱり捨てることをお勧めする。というのは、私もコンサルタント会社に勤務したことがあり、頭に「経営の常識」がこびりついていた。そのことが事業の邪魔になり、成功までにずいぶん遠回りすることになった。
では、具体的にはどういうスタンスで事業に臨めばいいのか。次の2つのキーワードで、どちらが経営者に求められる要件だと思われるだろうか。
論理 vs 直感
組織 vs 個人
知識 vs 想像力
会議 vs 実践
巧緻 vs 拙速
利口 vs 馬鹿
ブルーアイランド戦略では、必要なのは全て右の項目である。
私も、これが分かるまで随分と悩み抜いた。というのは、大学卒業後からコンサルタントという職業に就いていたが、求められていたのは主に左の資質だった。しかし、経営者に求められる資質は、実は真逆の資質だったのだ。
私はコンサルタント出身の経営者として、その狭間で悪戦苦闘した。そして、最後には右側の重要性に気付くことになる。
グローバル企業を一網打尽にする方法
ここに、コンサルタントとして独立しても、成功する人が少ない真因がある。「経営のプロ」であるはずのコンサルタントは、独立して「経営者」という責務を負った瞬間、自らが磨いてきた「経営の常識」が逆作用するのだ。
例えばコンサルタントが、まとまった人数で独立して会社を作っても、早々に企業規模を大きくできないと、高い人件費コストに食い潰されて、あっという間にキャッシュショートする。では身軽な個人で独立したらいいのかというと、そうでもない。企業はコンサルタントに様々な相談を持ちかけるため、1人ではなかなかカバーできないのだ。結局、コンサルタントが独立しても、経営が安定せず、大学教授に転身する人が後を絶たない。
というわけでコンサルティング会社に籍を置くことは、経営者になるにはマイナスも多い。
ただ、私はコンサルティング会社で、1つの大きな経営のヒントをもらった。20代後半のコンサルタントとして、自分の専門性に自信が持てなかった時期が続いた。その時、社長の訓示が、強烈な印象として残っている。
「移転価格税制って知っているか。グローバル企業は海外にあるグループ企業と結託して売上高を操作し、課税されるはずの所得を他国に移転させようとする。これを規制するのが移転価格税制だ。税理士としてトップになるのは難しいけど、移転価格税制なら日本で専門家と呼べるのは5人といないから、トップになれるだろう。判例を全部調べても、たいした量じゃない。だから、3ケ月でプロになれ。簡単だろ。ニッチだけど、ものすごいニーズがあるぞ。グローバル企業はみんな知りたがっているから、片っ端からクライアントにできる」
生き残るためにニッチを得意分野として持ち、その道では間違いなく指名されるようになる。そうして創った独占市場を、徐々に拡大していく…。これはまさにブルーアイランド戦略そのものであった。
私は1998年に独立すると、まずニッチの世界に乗り出した。
「不動産のマーケティング調査とコンサルティング」。そう聞くと、他業界の人は、当たり前の仕事に聞こえるかも知れない。だが、実は不動産会社はマーケティングなどやっていない。「経験と勘と度胸」で日々の仕事をこなしている。だから、社内で「リスクマネジメントに取り組みましょう」などと言ってみたところで、マーケティング予算がないから、手の付けようがない。
そんな状況だが、私の顧客の中には、不動産のことを知りたい他業界の方々が多かった。そこには、一定のニーズがあった。なぜなら、不動産業者30人に話を聞いても、言っていることのどこまでが汎用的な事実で、どこからがレアケースなのか判断がつかない。不動産市場の構造を理解して、有効な施策を立てたいというニーズに対して、誰かが通訳して、話の真偽を峻別し、因果関係を解き明かし、妥当な施策を提示する必要があった。そんな仕事を始めたことで、最初の3年ぐらいは顧客拡大にこそ時間を要したが、1年の半分は暇だった。それでも、会社は私と秘書の2人だけだったので、何とか食っていけた。
この暇な時間が、新境地を開くことになる。
購入者が騙されないための情報を
ちょうどその頃、IT(情報技術)バブルが到来した。これに乗ろうと考えて、B2Bの不動産売買市場をネット上に構築しようとしたが、あえなく失敗した。理由はいろいろあるが、失敗の主因は、売買プレイヤーが限られている中で、情報のやり取りにネットはそぐわなかったのだ。今でも、B2Bでは、業者がカバンに販売物件情報を入れて持ち歩き、商談している。つまり、相手の信用や、フェイス・ツー・フェイスの交渉で伝わる情報が重要なのだ。つまり、売り手の切迫した雰囲気や、表情から読み取る話の信憑性、さらにはブローカーの能力・誠実さなどは会って話してみないと分からない。
だが、ネット上でこうした情報をやり取りして契約する行為は、リスク管理をしていないに等しいことになる。だから、ネットでは取引が成立しないのだ。
しかしながら、ITバブルに乗れなかった失敗は、私に経営の要諦がどこにあるか教えてくれた。
(1) 「ドッグイヤー」とも呼ばれるスピード競争
(2) ビジネスモデルを市場に適応させる調整能力の重要性
ビジネス成功のポイントをいち早くつかみ、そこにコミットする姿勢が身に着く。文字にすると当たり前のことに思えるが、これを経験を通して理解することは、ビジネス上で「やっていける」という自信につながる。事業の「肝」となる部分を探し当て、そこに集中している実感を持ってビジネスを進めていると、着実に会社に力が付いている実感を持てる。血となり肉となっている感覚とでも言おうか。
ITバブル崩壊後は、また暇になってしまった。そこで、長年の疑問を解消することに取り組み始めた。
正直に言って、不動産業界に不満があった。他業界から来た人はすぐに分かるが、この業界の「経営の常識」は信じられないほど稚拙だ。分譲マンション事業では、旧財閥系の会社以外は、ほとんどの会社が倒産の憂き目に会っている。マンション需給の変動と分譲価格の変動の大きさに翻弄される。追い風の時には調子に乗って上場するが、向かい風に変わると、あっけなく破たんする。そうした事業が持つリスクは百も承知でも、それをリスクとして考えているのは社長ぐらいのものだ。あとの社員は、案件を手掛けることに楽しさを見出している(実際、非常に楽しい仕事ではある)人たちで会社が構成されている。そこには、「会社が潰れたら別の会社に転職すればいいや」くらいの気楽さが見え隠れする。
分譲住宅事業は、供給側は情報豊富なプロだが、需要(購入)側は一生に1回の経験しかない、いわゆる「素人さん」が圧倒的に多い。情報の非対称性が大きいのだ。このため、詐欺に近い商売が、今でも一部では横行しているのが実態だ。
私は情報の不均衡を是正するだけでなく、供給者側の事業リスクをヘッジする仕組みが作れないかと考えた。業界の中でも、顧客サイドに立って考えようとする気概のあるメンバーに声を掛けて、ビジネスを検討した。しかし、分譲マンションのお金の流れは、常に開発者側から循環し始める。設計も施工も広告も販売も、みな開発者(売り手)からお金をもらう立場になる。このため、情報の非対称性を解消し、公平な立場でフェアな市場を作ることができたとしても、「高値で売りたい」と思っている売り手は面白くない。そんな売り手から、どうやってお金をもらうのか。実際、こうした活動をしていると、不快感を露わにする企業が出てきて、随分嫌がらせもされた。収益の取れないことは、当然ながらビジネスにはならない。仕方なく、相談を持ちかけたメンバーに謝罪の手紙を書いて諦めてもらった。
とはいえ、不戦敗は嫌だった。私だけでも、この危険なビジネスをやってみようと決心した。失敗をこの目で確かめようと思ったのだ。そして、独りで分譲マンション購入者向けサイトを立ち上げ、購入者に情報を提供し始めた。
第1弾は、駅別の分譲相場情報だった。簡単なプログラムを友人に30万円で作成してもらった。最初は駅周辺の物件の価格を単純平均していたが、これにユーザーから苦情が出た。「この沿線はちょっと安い」「この駅は高い」といった意見だった。
そこで、分譲価格を因数分解して、70㎡徒歩5分の価格に基準を統一して算出したら、「駅と駅の比較ができていい」といった評価をもらった(実際、この情報は業界関係者が最もよく使っていたことを知ることになる)。これに気をよくして、毎週新しいページを作成して発表していった。ウェブの利点は、発表したら翌日にはアクセス解析ソフトで顧客の反応が分かることだ。
こうして、前代未聞の「購入者への情報提供」が始まった。次々とホームページで情報を公開して、会社としてもプレス発表を繰り返した。相場表のようなコンテンツだけでなく、マンション評価の仕組みや各マンションの掲示板をネット上で大々的に公開した。こうした取り組みも、私が先駆けとなった。こうして作成されたコンテンツによって、不動産の購入を検討している人が弊社のファンとなっていった。ゼロから始まった事業だが、1日のウェブ訪問者が1万人を超えるようになっていた。
島(市場)を広げていく
「売主別 相場割高度ランキング」。そんなプレス発表をした時のこと。翌朝7時に携帯電話が鳴った。当時、会社の電話は、営業時間外は私の携帯に転送されるようになっていた。相手は「割高度1位」に輝いた会社の広報担当者だった。たぶん、毎朝、新聞をチェックするのが仕事なのだろう。ランキング順位も載った記事が、日経産業新聞に掲載されていた。電話の先の方は怒っているようだった。私は眠い目をこすりながら体を起こした。やり取りはこんな感じだった。
「これはどうやって算出したんですか?」
「分譲マンション価格を因数分解しますと、面積や立地、階、向きなどで価格が説明できます。そのロジックから各マンションの標準価格、いわゆる相場価格を算出して、それとの差でランキングを作成しています」
「この結果はどの程度正確なんですか?」
「もちろん統計的に有意ですし、ランキングの結果も業界で言われているものとほぼ同じだと認識しています」
あまり建設的な話にはなりそうもなかったので、お互い気まずそうに電話を切った。だが、これには後日談がある。この会社は、結果を「うちのマンションが最もグレードが高いと第三者から認定されました」と営業ツールとして使ったのだ。この新聞社は第2弾として、割高1位と割安1位の会社の社長にインタビューを実施した。割高な会社は結果を歓迎し、割安となった会社が結果に難色を示した。なぜなら、バブル崩壊後から続いていた不動産デフレが終焉を迎えつつあり、ブランド戦略(例えば野村不動産のプラウドなど)へと移行する時期だったからだ。
こうして私は、業界への不満を事業創造のエネルギーに変えていった。その過程で、アイデアは、アイデンティティの発露であることを知った。それを発表していくことで、知識と能力を開花させるだけでなく、広告の場ともなった。自分にとっては趣味の様にやっていることが、お金に変わっていったのだ。そして不動産マーケティングの調査や企画、運用などで声がかかるようになった。
「強みの上に築け(Build on strength)」とピーター・ドラッカーは言っている。ブルーアイランド戦略における「島」は、自分で土地を開拓して拡げることができる。ただし、そのチャンスはブルーアイランドを創った者にしか与えられない。
こうした経験が、私のニッチ戦略の基本となる。
(1) ニッチにするために、エリアを限定し(首都圏)、分野を絞り(不動産マーケティング)、得意技を組み合わせ(IT×統計解析)、そこで他を圧倒してから領域を拡げる
(2) 自分のオリジナルなアイデアを具現化しようとする経験回数が、自分のソリューション能力を磨く
(3) こうした経験が自信になるので、「前例は作ってしまえ」と機会を創りに行く
(4) 道なき道を行くので、昨日の自分をライバルに見立てて、向上心を持ち続ける
その結果、年に30%超の成長を4年続けて、売上は3倍に膨らんだ。しかし、ここでコンサルティング事業の限界を感じ、経営者として方向転換を余儀なくされることになる。