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ブルーアイランド戦略【第2回】勝手にカネが入ってきちゃう!拡大編:要するに「工場長」ですな

日経ビジネスオンライン「市場の独り占め方~ガポガポ儲かる『ブルーアイランド戦略』」

 前回、私が独立して、どのように市場(島)を発見したかを紹介した。

 ただ、創業者はだいたい、ここで満足してしまう。「やった!宝の島を見つけた」と。

 まあ、はっきり言えば甘いんですね。確かに、島には輝く鉱石や豊かな動植物があったかもしれない。だが、その豊富な資源をきちんと収穫する(カネに変える)仕組みを早急に作らなければならない。でなければ、誰かを連れてきて、一緒に収穫作業をするしかない。だが、1人が収穫できる量は決まっている。それが飛躍的に高まることはない。

 私が不動産において、一般消費者や買い手に対して「本当の物件情報」を提供しながらコンサルティングする事業を開始したのは、まだ、この「発見段階」にすぎなかった。そのまま1人で続けても、誰かを巻き込んでみんなで収穫しても、私の取り分(儲け)はそんなに変わらないのだ。

 とりわけコンサルティング業界は、投下する労働量がそのまま売上高を左右する。つまり、「売上高=時間単価×労働時間」としてクライアントに請求するからだ。基本的に、売上高を膨らませても、それだけ人件費がかかるので(しかも高い)、利益率はほとんど変化しないのだ。

 1人のコンサルタントが売り上げる限界は、「時間単価4万円×2500時間労働=1億円」。もし時間単価をこれ以上高く設定すると、顧客が逃げてしまう。まあ、限界値だと考えていいだろう。実際、年収1000万円のコンサルタントは、年間売上高として2.5倍程度の2500万円を上げられればいい方である。多くのコンサルタントは、自分の力だけではそんなに稼げない(要するにクライアントから指名されない)。コンサル会社としては、教育に力を注がないと、業務の質を担保できないが、だからといって教育ばかりに時間を割いていれば、クライアントに請求する「時間」が減ってしまう。

 つまり、収益のレバレッジが効かないビジネスなのだ。人数を増やして、売上高を膨らませるという経営になりがちだが、私はそうしたやり方に興味が持てなかった。

 だからといって、当時はまだ、ニッチ戦略について体系化して説明出来る状態ではなかった。要するに職人芸の域を出ていなかったのだ。だから、コンサル事業は「1人で拡大できる限界」という壁にぶち当たっていた。経営者として、事業を根底から再構築する必要があったのだ。

 そんな時、日経ビジネス(2002年7月22号)で『不動産大革命』という特集記事が組まれた。

「賃料情報なら1番になれる」

 この中で12ページもの文量を割いているのが、「ここは買ってはいけない! これが新しい不動産格付けだ」だった。

(1)シミュレーションドラマ

(2)(格付けの)解説

(3)マンション購入安全度

この3部構成になっている。実は、この企画に弊社がデータを提供している。そして、私は編集部に出向き、2時間くらいしゃべり続けた。その内容に、記者の取材を加えて編集されていた。

 (1)のドラマでは、物件が買った時よりも高く売れている事例として、東京・豊洲の私の友人のケースを使っている。(2)では「年間家賃収入÷分譲価格=利回り」を駅別に正確に計算し、不動産が収益還元で評価されることが今後一般化すると見て、利回りが高い場所(それこそ豊洲など)は、分子の家賃が安定しているだけに、分母の分譲価格が値上がりすると予測した。その考え方で(3)において、首都圏にある759の駅を「勝手格付け」したのである。

 「AAA」と評価されたトップの駅は水天宮前だった。理由は簡単で、都心に近く交通アクセスもいいので賃料は高いが、その割に隅田川沿いにある物件は分譲価格が安い。しかも、半蔵門線の始発駅(当時)だったこともあってプレミアムが付いていた。この当時の利回り差は、その後急速に縮まり、今ではほとんどの駅が同一水準の利回りに落ち着いている。つまり、利回りが高かったところは分譲価格が上がり、利回りが低かったところは値下がりしたということだ。この記事は、資産デフレの終焉を象徴するものだった。

 時は不動産投資の黎明期である。

 駅別利回りの構成要素は分譲価格と賃料であるが、前者はウェブで既に公表しており、賃料はこの記事を機にビジネスチャンスを創ることになる。賃料情報はその頃はまだビジネスにならなかった。うちがデータ購入していた仕入れ先は突然情報が届かなくなり、夜逃げのように消えて行った。

 しかし、ここはチャンスだと思った。数字を根拠に住宅市場が大きく変わろうとする時であり、JREITも勃興し、不動産投資信託の市場が出来始めていた。不動産の情報で最も重宝されるのが価格情報であるが、新築分譲マンション情報はA社、中古マンション情報はB社とトップ企業が決まっていたが、賃貸住宅情報を提供するプレイヤーはいなかった。まず、情報を大量におさえ、自分の強み(不動産市場理解×ウェブマーケティング×統計解析)を活かせば1番になれる、そう考えた。

「コンサルを辞めて、工場長になる」

 まず、賃貸市場のプレイヤーにヒアリングしつつ、新商品の企画を立てていった。

 そこで私が重要視したのは、戦略の肝をIT(情報技術)で解決することだった。コンサルタントを大量生産するビジネスモデルではなく、ITを使ってデータを大量に収集し、ノウハウをシステムロジックに落とし込み、アウトプットの大量生産を可能にすることである。ノウハウが形式化されていれば、コンサルタントを養成しなくても、営業マンを採用すればいい。当時、私は友人にこう宣言した。

 「コンサルタントという聞こえのいい商売を辞めて、『工場長』になる」

 まず最初にやったのは、案件ごとの調査レポートを短時間で作成できるようにすることだった。案件調査は、立地周辺の情報を収集することから始まる。住民の年齢構成、人口動態、世帯の特徴、外国人需要、年収分布、エリア比較、駅力、賃料、分譲価格、空室率、物件特性、ポジショニング、マクロ環境などの項目で情報を取得した。首都圏に限定して、各種調査で使っていたすべてのデータをデータベースに格納して、自分の分析ノウハウをロジックに転換して、グラフや地図によって表示する機能を作っていった。そうして、自動レポート作成システムを構築したのだ。

 使い方は非常に簡単。物件の所在地を地図上でクリックするだけだった。すると、周辺の徒歩5分圏内の人口などのデータを集計するプログラムが動き出す。その場所と関連する情報をデータベースから抽出し、分析ロジックに従って計算していく。そうして、エクセルで40シートに分かれてファイル生成される。ここまでに必要な時間はわずか15分だった。

 だから、「この場所の分析レポートがほしい」という注文がメールで入ると、15分後にはエクセルファイルを添付して、調査結果を返信することができた。値段は30万円。通常1つのレポートを仕上げるのに1週間はかかる。何せ、情報収集に大半の時間が割かれるのだが、弊社では事前にすべて用意しているわけだ。これで、パソコン1台の時間最高売上高は30万円×60分÷15分=120万円となった。これは、私が稼ぐことができるコンサルタント料金4万円の30倍にも上る。

 コンサルタントのビジネスは限界的だが、「工場」となるとITがノウハウと時間にレバレッジをかけてくれる。「この方が圧倒的に儲かる」という確信を得た。

 案件調査レポートの自動作成が完成すると、まず顧客創造に乗り出した。

自動レポート作成でボロ儲け

 「こういうレポートがすぐに出せます」というサンプルを持って、メリットを説いて回った。数社の実務トップが「本当に短い納期でやってくれるんなら使うよ」と言ってくれた。一定量の受注が見込めれば、損益分岐点を超えられる。その後は、開発投資を続けて、新商品を次々と作ることができた。

 このビジネスは固定費がほとんどで、流動費は「補完的な実地調査」と「顧客リレーション」という不可欠なステップしかない。新たに営業して売り上げが上昇すれば、そのまま粗利になる。

 レポートは私のノウハウが詰まっているから、品質が高いという自信がある。その上に、スピードも早い。だから、人手をかけたら1週間かかる調査価格と、同じ価格を維持しても十分に勝てるのだ。こうしてガッポリ儲かったカネは、システム改良と新商品開発に注ぎ込んでいく。システム化で生まれた時間の余裕も、顧客に対するサービスレベルの向上に費やし、付加価値に変換していく。

 実際、この調査レポートの旨みは、量をこなせることだ。開発者と購入者の両方が買ってくれたり、入札案件になると5社以上が同じ調査リポートを買ってくれることもある。物件が50だろうが100だろうが、うちは涼しい顔をしてレポートを作成できる。レポートを読み込んだ後に、調査を補完するために現地確認に向かったので、不明な点を整理・確認することも効率的に行えた。

 この後、案件調査レポートの機能補完や拡張を通して、様々なサービスを開発していくことになる。レポートは依頼されてから社内の人間が対応するが、賃料を査定する機能は単価が安い割には利用回数が多いので、今でいうクラウドサービスにして全国どこからでも1分で査定結果が調べられるように作り込んだ。また、競合物件事例の調査も頻繁に依頼されるので、日本最大級の賃貸住宅データベースを作成して、見たい物件の履歴を出せる仕組みも用意した。こうして、多くの顧客の様々なニーズを解決していきながら、事業を拡大していった。

 しかし、そこにリーマンショックが襲ってきた。

 リーマンショックはサブプライムローン問題が発端となったことで、住宅投資に対する批判が噴出し、一気に逆風が吹き荒れた。住宅投資は悪であるかのように、金融機関から糾弾されることもあった。弊社もちょうど業務拡大に向けて設備投資を実施した年だったので、コスト構造にかなりの「贅肉」がついていた。何とか、営業利益はプラスを維持したが、取引先の倒産や支払遅延は続いた。私も営業最前線に立って、立て直しに走ることになった。

 だが、会社を救ったのは、こうした努力ではなく、ビジネスモデルだった。多くが固定費でサンクコストではあるが、流動費用は切り詰めることができる低コスト構造だった。また、年間契約が多く、一定の売り上げを確保していたので、収支を合わせることができた。リーマンショックから1年が経ち、物件の所有権移転による事後処理が始まると立ち直りも早かった。

 また、ターゲットを賃貸マンションの開発・売買・運用から、地主の土地有効活用のアパート経営に変更したことも功を奏した。収益不動産は急速に萎んだが、土地の有効活用ニーズは節税対策として継続していた。加えて、アパート市場の方が、弊社の商品がシステマチックなために、相性がいいことが分かった。1棟50戸のマンションより、1棟8戸のアパートの方が提案回数(=利用回数)は多く、スピードと品質を必要としていた。

 こうして、それまでの経営資源(データ)や仕組み(システム)はうまく転用できた。

世の中、ロジック通りにはいかないよ

 ダウンサイドに強いことが分かったので、すっかり変貌した顧客層に合わせて、ビジネスを再構築していった。「強みの上に築け」とピーター・ドラッカーが言うように、エリアを全国に広げたり、機能を追加して、市場を拡大することができた。オンライン機能をバッチ処理化して市場を拡げたり、この機能を業務に組み込んで、定期的な業績評価指標を設定したり、収益最大化手法に転用していった。こうして他社と違うことをやってきたので、うちは「合い見積もり」と分かると、辞退することもある。品質の違いが分からない相手と仕事をするのは双方にとって不幸な場合が多いからだ。

 そんな中、数多くの失敗も経験した。不動産価格査定のクラウドサービスを派生商品として作って、他社が独占している10億円超の市場に乗り込んだが、全く歯が立たなかった。機能はほぼ同じなので、価格を安くすれば顧客はこちらになびくと考えたが、「スイッチングコスト」が思いのほか高かった。提供価格を下げたので、人を投入して営業コストが上がると赤字になる。そこで、ネットやDMを使って低コストの販促活動をやってみたが、営業マンが実物を見せないと安くても検討の遡上にも上らなかった。実務担当者は慣れているシステムの方が楽なので、ちょっと安いぐらいでは、システムを切り替えるインセンティブが働かなかった。

 ビジネスの可否は、やってみないと分からない。ロジカルシンキングの本やセミナーは、コンスタントな需要がある。今やビジネスパーソンの必須スキルと言ってもいいだろう。ただし、新規ビジネスでは、机上でのロジカルな思考結果は方便でしかなく、成否は別次元のところで決まってくる。現時点で、ロジカルに表現できるビジネスなら、必ずと言っていいほど誰かが手を出しているし、成功しない理由があることになる。知識を組み合わせた論理がビジネスの成功を保証しないからこそ、独創性や想像力が必要になってくる。結局、人真似はアイデンティティを持たない。絵画で言えば、ピカソやシャガール、ゴッホのようなもので、誰が観ても作者が分かるような特徴を持っていた方がビジネスチャンスがある。

 コンサルタントを辞めて工場長になる転身は成功した。業態は変わったものの、ニッチ戦略の基本は同じだった。

(1) 不動産にIT×分析を持ち込むところが自分たちの強みであり、これを堅持する

(2) 課題に対する解決法は、模範解答なんてないので、自分らしく解くしかない

(3) 価格とは違う軸(例:スピード・品質)で顧客に選ばれると価格競争から抜け出せる

(4) まずは顧客を創造して、再投資を繰り返し、圧倒的な差をつける

(5) アイデアが理想の世界に近ければ、そこに市場があるかを確認する

 このニッチ戦略も、主たる顧客層はすべて営業したので、市場規模の限界が見え始めてきた。ここでまた新たな展開の必要に迫られることになる。

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